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オケゲム『レクイエム』 [Ockeghem]

■Ockeghem: Requiem
Marcel Pérès (dir.) Ensemble Organum [Harmonia mundi HMC901441](輸入盤)
HMC901441f.JPG

【演奏】
マルセル・ペレス(指揮)
アンサンブル・オルガヌム


【演奏者】
マルセル・ペレスは、1956年7月15日、アルジェリア生まれの音楽学者、作曲家、指揮者。14歳でニースのアングリカン教会オルガニストを務め、ニースの音楽院でオルガンと作曲を学んだ後、ロンドンのRoyal School of Church Music及びカナダ、モントリオールのStudio of Ancient Musicに留学し、1979年にフランスに帰国した。
アンサンブル・オルガヌムは、1982年にペレスにより設立された中世音楽アンサンブルで、これまでにシトー修道会の聖歌やノートルダム楽派、マショー、ジョスカン・デ・プレ、オケゲム等の録音を行い、注目されている。アンサンブル・オルガヌムには、フランス人のほか、レバノンの修道女やコルシカ島の聖歌隊歌手がメンバーとして加わることもあり、多士済々である。アンサンブル・オルガヌムは、聖歌から宗教劇にレパートリーを広げ、作曲当時の演奏空間を復元する手法で演奏を行っているが、その演奏は、ときに前衛的、呪術的と評されるなど、評価面では賛否両論が見られる。アンサンブル・オルガヌムはまた、古楽界で来日公演が実現しない最後の大物アンサンブルのひとつでもある。
Harmonia mundi franceのほか、AMBROISIEなどのレーベルでも録音を行っている。


【曲目】
ヨハネス・オケゲム(Johannes Ockeghem, c.1410-1497)
『レクイエム』
録音:1992年11月、フォントヴロウ王立修道院
現在、上記盤は廃盤となり、2007年よりmusique d’abord盤[Harmonia mundi HMA1951441]として再発売。


【作曲者】
ヨハネス・オケゲム(Johannes Ockeghem, c.1410- 1497.2.6)は、フランドル楽派初期の作曲家。同時代の作曲家の多くがそうであるように、オケゲムの生涯については、謎に包まれた部分が多く残されている。
1993年に発見された17世紀初頭の文書から、オケゲムは、ベルギー、モンス近郊のサン=ギラン生まれであることが明らかになった。しかし、オケゲムの生年については、Leeman Perkins のように1410年頃とする説から、PlamenacやRiemann and Van den Borrenのように1420年頃とする説、Fétisのように1430年頃とする説など諸説があり、依然として未確定のままである。オケゲムの生年を1410年頃とする説は、オケゲムがジル・バンショワ(Gilles Binchois, c.1400-1460.9.20)追悼のモテット(『死よ、そなたは矢で傷つけてしまった(Mort tu as navré de ton dart)』)を1460年に作曲し、その一節において、バンショワの従軍歴をほのめかしていることなどから、1419年にモンスの聖ヴォードリュー教会オルガニストに就任し、1423年にリールへと移るまで在職していたバンショワが幼少期のオケゲムと師弟関係にあったとする推察に基づくものである。オケゲムの生年を1410年頃とする説はまた、フランスの宮廷詩人クレタン(Guillaume Crétin, c.1460- 1525.11.30)がオケゲムの死に寄せた詩の一節(「けしからぬことだ、彼ほどの才能の作曲家が100歳にならずして世を去らねばならぬとは」)に根拠づけられており、オケゲムが90歳から100歳という高齢で亡くなったことを前提に算出されている。
オケゲムの幼少時のエピソードなどは伝わっていないが、モンスには、当時、教会に附属した音楽教育の場が二か所あり、オケゲムは、そのいずれかで学んだのではないかと推測されている。オケゲムに関する最初の記録は、1443年6月にアントワープのノートルダム大聖堂聖歌隊員となったことを示すもので、オケゲムも当時の慣例に倣い、聖歌隊から音楽活動をスタートさせたと見られる。
オケゲムは、1446-48年の間、フランスのムーランで、ブルボン公シャルル1世に礼拝堂歌手として仕えた。1451年には、フランス国王シャルル7世(在位:1422-1461)の王室礼拝堂歌手としてオケゲムの名前が記載されており、1450年から1452年頃の間にパリに移ったと見られる。オケゲムは、1453年までに王室礼拝堂楽長職に任ぜられたが、1456年から1459年の間に、ロワール河流域の都市トゥールのサン・マルタン修道院の財務官に推され、1470年にパリのサン・ブノワ教会に転じるまでその職にあった。サン・マルタン修道院は、10世紀以来、歴代フランス国王が修道院長を務める格式の高い修道院で、その財務官の職位は、更なる経済的安定をオケゲムにもたらした。教会付き司祭の聖職給がおよそ年150から180リーヴルの時代に、オケゲムの総年収はおよそ 950リーヴルにのぼったとの推計もあり、オケゲムがフランス宮廷において、いかに厚遇を受けた音楽家であったかが伺われる。
オケゲムは、1461年7 月にシャルル7世が崩御した後も、ルイ11世(在位:1461-1483)、シャルル8世(在位:1483-1498)と三代のフランス国王に仕え、王室礼拝堂楽長として、職務を果たした。オケゲムは、1461年に、サン・マルタン修道院のトゥール在住義務から解放された後、1463年から1470年の間、パリのノートルダム大聖堂参事会員を兼務している。また、オケゲムは、1462年と 1464年にカンブレに行き、ルネサンス音楽を開拓したブルゴーニュ楽派の巨匠ギヨーム・デュファイ(Guillaume Dufay,c.1400-1474.11.27)の家を訪ねたと見られている。
1470年、オケゲムは、王室礼拝堂の歌手らとともに、フランス国王ルイ11世の外交使節団に加わり、スペインを訪れた。このときのオケゲムの使命は、作曲家としての文化交流活動のみならず、スペインを説得して、イングランドとブルゴーニュが結んだ対フランス同盟への加盟を阻止し、ギュイエンヌ公シャルル (ルイ11世の兄弟)とカスティーリャ王女イサベルの結婚の交渉をすすめることにあったとされる。
オケゲムは、1471年に宮廷に献上する音楽書の監修を行ったが、現在では完全に失われている。しかし、1472年には、音楽のパトロンとして知られたミラノ公ガレアッツォ・マリア・スフォルツァから、オケゲムに、ミラノに招聘する歌手を探してほしいという依頼の手紙が寄せられていたことが判明しており、この頃には、フランス国外にもオケゲムの名声が伝わっていたことが伺える。
1483年のルイ11世崩御後のオケゲムの動向についてはあまり知られていないが、1484年8月に再び、フランスの宮廷外交に関わり、ベルギーのブルージュとダンメを訪れた。また、1488年には、オケゲムが聖木曜日の洗足の儀式に参列したことが宮廷の記録から明らかになっている。オケゲムは、かなりの高齢で亡くなったという記録が残されていることから、晩年は引退生活を送り、遺書を作成したトゥールの地で、1497年2月6日に世を去ったと見られる。
詩人のクレタンは、「師であり良き父」であったオケゲムを追悼して、その美声と卓越した作曲技法、親切、寛大にして誠実で、敬虔な人柄などを讃えた。クレタンはまた、アレクサンダー・アグリコラ(Alexander Agricola,1446-1506)、アントワーヌ・ブリュメル(Antoine Brumel, c.1460-c.1520)、ロワぜ・コンペール(Loyset Compere, c.1450-1518)ら、当時の著名な作曲家たちに追悼を呼びかけ、ジョスカン・デ・プレ(Josquin Des Prez, c.1450/1455-1521.8.27)が、詩人ジャン・モリネ(Jean Molinet, 1435-1507.8.23)の「森の精霊たちよ(Nimphes des bois)」をテキストに『オケゲムの死を悼む挽歌 (La déploration de la mort de Johannes Ockeghem)』を作曲した。詩中にジョスカン・デ・プレ、 ブリュメル、ピエール・ド・ラ=リュー(Pierre de La Rue, c.1460-1518.11.20)、コンペールの名前が織り込まれたこの挽歌では、定旋律にグレゴリオ聖歌の死者のためのミサ曲の旋律が用いられ、哀切で美しい作品に仕上げられている。その他にも、エラスムス(Desiderius Erasmus, 1466.10.27-1536.7.2)がオケゲムに追悼詩(Ergo non con ticuit)を捧げており、後にヨハネス・ルピ(Johannes Lupi, c.1506-1539.12.20)により付曲されている。


【作品】
オケゲムは、しばしば、ギヨーム・デュファイと次世代のジョスカン・デ・プレの間で、最も重要な作曲家と見なされている。しかし、オケゲムは、失われた作品もあるとはいえ、寡作な作曲家で、現存する作品はミサ曲(10曲)及びその断章、モテット(9曲)、シャンソン(22曲)等に限られている。オケゲムの代表作としては、『ミサ・プロラツィオーヌム(Missa Prolationum)』、『ミサ・クィユヴィス・トニ(Missa cuiusvis toni)』、『レクイエム』等があげられる。オケゲムのミサ曲のほとんどは、現在ヴァチカン図書館に所蔵されているキージ写本(Chigi codex, 15世紀末から16世紀初頭に成立)により伝承されたものであるが、大半の作品については、作曲年代や作曲の背景等も未確認のままとなっている。また、ルイ11世のフランス王位継承に際して作曲されたと見られる“Resjois toi terre de France”のように、作曲様式の観点から、オケゲム作の可能性が高いとされる作品も数曲ある。
オケゲムと師弟関係にあったと見られる作曲家、アントワーヌ・ビュノワ(Antoine Busnoy, c1430-1492)は、1460年代にオケゲムに捧げるモテット(In hydraulis)を作曲し、その楽才を讃えるとともに、ピタゴラスの後継者として、その名をあげた。オケゲムは、サン・マルタン修道院の財務官を務めた経歴の持ち主だけに、数学、幾何学、天文学等にも造詣が深かったようである。オケゲムの音楽に対しては、実演に接する機会のなかった18世紀の音楽学者から、数理的だが音楽性に欠けると否定的な評価がなされたこともあるが、19世紀以降に再評価が進み、現在では、数理と音楽性が相反しないことを証明する優れた演奏が数多く登場している。
オケゲムの音楽的な特徴のひとつは、ポリフォニー各声部の旋律、リズムを自立させながら、各声部が際立つよう緻密な計算がなされていることにある。高度な作曲技法が駆使されてはいるが、実際に聴いてみて息の詰まるようなところはなく、透明感さえ感じさせるその音楽は非常に美しい。また、オケゲム自身がバス歌手として著名な存在であったことから、バスの旋律線がより複雑なものとなっていることも特徴に加えられる。
『レクイエム』とは、死者が最後の審判で罪を赦され、天国で安息を与えられるよう祈る死者のためのミサ(Missa pro Defunctis)で用いられる聖歌、または、死者のためのミサから曲想を得た楽曲を指し、死者のためのミサ曲とも訳される。レクイエムの呼び名は、その入祭唱が「永遠の安息を(Requiem eternam)」で始まることに由来している。
オケゲムの『レクイエム』は、典礼文がポリフォニーで作曲された、現存する最古の作品として有名で、George Houleによれば、1461年7月のシャルル7世の葬儀のために作曲され、1483年のルイ11世の葬儀でも演奏されたのではないかと考えられている。ただし、オケゲムが『レクイエム』を作曲した時代には、死者のためのミサの形式自体が統一されていなかったこともあり、オケゲムの作品は、現行のものとはかなり形式的に異なっている。オケゲムは、入祭唱、キリエ、昇階唱、詠唱、奉献唱に付曲しており、最上声部にグレゴリオ聖歌の旋律を原則として用い、二声から四声のポリフォニーを展開しているが、バロック以降とは反対に、感情表現や描写性を極力抑えたルネサンス期のレクイエムらしく、ある意味、深遠にして、厳格さを感じさせる作品である。


【歌詞】

オケゲム『レクイエム』(Missa pro defunctis)仮訳(英語より重訳、新共同訳他参照)

[1] Introitus(入祭唱)
Requiem eternam dona eis Domine:
主よ、永遠の安息を彼らに与え
et lux perpetua luceat eis.
絶えざる光で照らし給え
Psaume : Te decet hymnus Deus in Sion,
詩編: 神よ、シオンではあなたに賛歌が捧げられ、
et tibi reddetur votum in Jerusalem:
エルサレムでは誓いが果たされましょう
exaudi orationem meam, ad te omnis caro veniet.
我が祈りを聞き届け給え、 全ての肉体はあなたのもとにかえりましょう
Requiem eternam dona eis Domine:
主よ、永遠の安息を彼らに与え
et lux perpetua luceat eis.
絶えざる光で照らし給え

[2] Kyrie(キリエ)
Kyrie eleison.
主よ、憐れみ給え
Christe eleison.
キリストよ、憐れみ給え
Kyrie eleison.
主よ、憐れみ給え

[3]Epistola(使徒書簡朗読)[省略]

[4]Graduale (昇階唱)
Si ambulem in medio umbre mortis
たとえ死の影の谷を歩むとも
non timebo mala quoniam tu mecum es, Domine.
我は災いを恐れじ 主の我とともにいますゆえに
Verset: Virgo tua et baculus tuus ipsa me consolata sunt
唱句: あなたの鞭、あなたの杖 それが我が慰め

[5] Tractus (詠唱)
I. Sicut servus desiderat ad fontes aquarum,
涸れた谷に鹿が泉の水を求め、喘ぐように
ita desiderat anima mea ad te Deus.
神よ 我が魂はあなたを求め
II. Sitivit anima mea ad Deum vivum :
神に、命の神に、我が魂は渇く
Quando veniam et apparebo ante faciem Dei mei?
いつ御前に出て 神のご尊顔を拝せるのか
III. Fuerunt mihi lacrime mee panes die ac nocte,
昼も夜も、我が糧は涙ばかり
dum dicitur mihi per singulos dies:
ひとびとは絶えず問えり
IV. Ubi erat Deus tuus?
おまえの神はどこにいるのか、と

[6]Evangelium(福音書朗読) [省略]

[7]Offertrium(奉献唱)
Domine Iesu Christe, Rex glorie,
主イエス・キリストよ、栄光の王よ、
libera animas omnium fidelium defunctorum de pœnis inferni, et de profundo lacu :
全ての死せる信者の魂を 地獄の罰と深淵より救い給え
libera eas de ore leonis, ne absorbeat eas tartarus, ne cadant in obscurum :
彼らの魂を獅子の口より救い給え 彼らが冥府に飲み込まれぬよう、暗黒に堕ちぬように
Sed signifer sanctus Michael representet eas in lucem sanctam.
旗手、聖ミカエルが彼らの魂を聖なる光へと導きますように
Quam olim Abrahe promisisti et semini eius.
かつてあなたがアブラハムとその子孫に約束したように
Verset : Hostias et preces tibi Domine offerimus:
唱句:主よ、あなたに我らは 賛美の生け贄と祈りを捧ぐ:
tu suscipe pro animabus illis,
彼らの魂のために受け給え
quarum hodie memoriam agimus:
今日、我らが追悼するその魂のために:
fac eas, Domine, de morte transire ad vitam.  
主よ、彼らの魂を死から生へと移し給え
Quam olim Abrahe promisisti et semini eius.
かつてあなたがアブラハムとその子孫に約束したように

[8]Praefatio(叙唱) [省略]

[9] Sanctus(サンクトゥス、三聖唱)[省略]

[10]Agnus Dei(平和の賛歌、神羔唱)[省略]

[11]Communio(聖体拝領唱) [省略]

[12]Responsorium(赦祷文)[省略]


【関連動画】
◆Ensemble Organum: Ockeghem Requiem Introitus



【その他の録音】
・Paul Hillier(dir.) Hilliard Ensemble : J.Ockeghem: Missa pro Defunctis, Missa Mimi, etc
 [Virgin Classics VBS6284922]


・Edward Wickham(dir.) The Clerks’ Group : Johannes Ockeghem Requiem, Missa Fors Seulement etc.
[ASV CD GAU 168]

・Bo Holten(dir.) Musica Ficta : Ockeghem Requiem, MissaProlationum, Intermerata Dei Mater
[NAXOS]

・Paul Hillier(dir.) Ars Nova Copenhagen : Ockeghem Missa Pro Defunctis, Sørensen, B. Fragments of Requiem [Dacapo 6220571](2012)
*BBC Music Magazine Choral & Song Choice 2012

・Stratton Bull(dir.) Capella Pratensis : Ockghem, De La Rue Requiem [Challenge Classics 72541](2012)



【参考文献等】
◆LEEMAN L. PERKINS, “Ockeghem [Okeghem, Hocquegam, Okegus etc.], Jean de [Johannes, Jehan]” 
(資料出所: http://www.law-guy.com/dummygod/Entries/S20248.htm)


【参考サイト】
◆Choral Public Domain Library 
 http://www2.cpdl.org/wiki/index.php/Main_Page
 オケゲム『レクイエム』を含む、合唱音楽の楽譜を無料ダウンロードできるサイト(英語)
◆Requiem Survey
 http://www.requiemsurvey.org/
 レクイエム(死者のためのミサ曲)に関するデータベース(英語)


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