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『ウエルガス写本』 [Codex]

■Codex Las Huelgas : Music from 13th Century Spain
Paul Van Nevel(dir.) Huelgas Ensemble [Sony Vivarte 53341](輸入盤)
SK53341f.JPG

【演奏】
パウル・ファン・ネーヴェル(指揮)
ウエルガス・アンサンブル

【演奏者】
ウエルガス・アンサンブルは、パウル・ファン・ネーヴェルにより、1971年に創立されたベルギーの声楽アンサンブル。その団体名は、スペインの『ウェルガス写本』に由来している。スイスのスコラ・カントルム・バジリエンシスでの結成当初は、現代音楽を専門としていたが、程なく中世、ルネサンス音楽に転じた。これまでに、ニコラ・ゴンベール(Nicolas Gombert, c.1495-c.1560)、クロード・ル・ジューヌ(Claude Le jeune, c.1530-1600)、ヨハネス・チコーニア(Johannes Ciconia, 1335-1411)、ピエール・ド・マンシクール(Pierre de Manchicourt,c.1510-1564.10.5)など多数の録音をSONY、Harmonia mundi Franceで行っており、受賞歴も数多い。

ウエルガス・アンサンブル公式サイト
http://www.huelgasensemble.be/


【曲目】
『ウエルガス写本』13世紀スペインの音楽
1. 『輝かしき血統より生まれし (Ex illustri nata prosapia)』
2. 『誰しも皆、十字架に懸からむ(Crucifigat omnes)』
3. 『おお、マリア、 海の星よ(O Maria maris stella)』
4. 『臨終の血より(Ex agone sanguinis)(器楽曲)』
5. 『あまねく知られたるベリアル(Belial vocatur)』
6. 『サンクトゥス(Sanctus)』
7. 『アニュス・デイ(Agnus Dei)』
8. 『ベネディカムス・ドミノ(Benedicamus Domino)』
9. 『南風は穏やかに吹く(Flavit auster)(器楽曲)』
10.『エーヤ・マーテル(Eya mater)』
11.『誰が我が頭を濡らすか(Quis dabit capiti)』
12.『汚れなきカトリック教徒よ(Casta catholica)』
13.『哀れなるひとよ(Homo miserabilis)』  

録音:1992年10月
ウエルガス・アンサンブル結成30周年記念ボックス[SONY 88697478442](2009)として再発売。また、アメリカのarkivmusicからreissue版も発売されている。Amazon.com(U.S.A)にも在庫があり、入手可能。

arkivmusic
http://www.arkivmusic.com/classical/main.jsp


【作品】
ウエルガス写本は、スペイン北西部のブルゴスにあるシトー派の女子修道院、ラス・ウエルガス修道院に伝わる14世紀初頭の宗教歌曲集。ウエルガス写本は、1904年にベネディクト派の修道士らにより再発見され、14世紀の『聖母マリアのカンティガ集(Cantigas de Santa Maria)』、『モンセラートの朱い本(Llibre vermell de Montserrat)』等とともに、スペイン音楽史上、重要な位置を占めている。ウエルガス写本はまた、写本がつくられたその場所で現在まで保管がなされている稀有な事例として注目される。
シトー修道会の発展からはじめて、ラス・ウエルガス修道院の成り立ちを辿ってみると、1098年に、モレームの
ロベール(Robert de Molesme, 1027-1111)は、奢侈に流れた既存の修道院のあり方に疑問を抱き、フランス、ディジョン近郊にシトー派の修道院を設立した。シトー修道会では、修道院の原点に立ち戻ることを理想に掲げ、聖ベネディクトの戒律を厳守することを第一義として、彫刻や美術による教示を含め、あらゆる虚飾を排する祈りと労働の修道生活を選んだ。シトー修道会の改革の精神は、建築様式や典礼ばかりでなく、音楽にも向けられ、グレゴリオ聖歌の源流を求めて、北フランスのメッツに写字生が派遣された。しかし、メッツから持ち帰られたグレゴリオ聖歌はシトー修道会の理想とは余りにもかけ離れたものであったことから、新たにシトー修道会の聖歌がかたちづくられることとなった。
シトー修道会は、その修道規律改革に対する広汎な支持に加え、1115年に設立されたクレルヴォー修道院の初代院長ベルナールの功績もあり、12世紀末には、ヨーロッパの各地に修道院等の拠点を500か所以上持つ大修道会へと発展していった。シトー修道会は、最盛期には、ヨーロッパ全体でおよそ1800の修道院を有したとされる。
1187年に、カスティーリャ王アルフォンソ8世(在位:1158 -1214、高貴王)により創建されたラス・ウエルガス修道院は、1199年よりシトー修道会に属し、シトー派の最も有名な女子修道院のひとつに数えられている。
ラス・ウエルガス修道院の建立されたブルゴスは、ローマ、エルサレムと並び、キリスト教の三大聖地であるサンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼路にあたる。現在まで連綿として続いている聖地サンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼は、9世紀に、聖ヤコブ(スペイン語でサンティアゴ)の遺骸の埋葬地が再発見されたことに始まり、12世紀には、年間巡礼者数が50万人を超えたとされる。聖地サンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼は、巡礼路
沿いの教会の建立や巡礼者の宿場の整備を促進しただけでなく、12世紀のカリクトゥス写本(Codex Calixtinus)のように、初期多声音楽の発展の過程を示す重要な作品を誕生させる契機ともなった。
ラス・ウエルガス修道院は、カスティーリャ王家の庇護の下に、あらゆる税を免除され、カスティーリャ国王の戴冠式や王家の結婚式、条約の締結式等の舞台となったほか、アルフォンソ8世と王妃レオノール等王家の墓所ともなった。
『聖母マリアのカンティガ集』の編纂で名高いアルフォンソ10世(在位:1251-1282、賢王)の治世には、ラス・ウエルガス修道院は、ユダヤ教の学者やムデハル(レコンキスタ後もキリスト教への改宗を拒否し、キリスト教領土内に留まるムスリム等)も加わった一大文化拠点として栄えた。13世紀半ばには、150人近い修道女がラス・ウエルガス修道院に暮らし、女子聖歌隊もおよそ百人規模に達していたと見られる。ラス・ウエルガス修道院にはまた、プロの演奏家を招いた記録も残されている。
ウエルガス写本は、14世紀初頭に編纂された羊皮紙の手書き写本で、加筆部分を含めて、編纂に合計12人が携わっていると見られるが、フランコの記譜法(定量記譜法)に基づく筆写譜の大半は、同一人物の手によるものである。ウエルガス写本には、フアン・ロドリゲス(Johan Rodrigues, Johannes Roderici )という人物名が数か所にわたって書き込まれており、いくつかの作品の作曲者と目されているが、作品の多くは作者不詳である。ウエルガス写本には、ラス・ウエルガス修道院の典礼用に独自に作曲された作品、スペインで作曲されたと思しき郷土色の濃い作品のほか、パリから伝承したノートルダム楽派の音楽も収録されており、13世紀末の作品を中心に、12世紀末から14世紀初頭までの音楽を俯瞰することができる。
ウエルガス写本におさめられた全186曲のうち、 45曲が単旋律歌曲で、141曲が二声から四声の多声楽曲(そのうち 1曲は無伴奏)である。ウエルガス写本は、アルス・アンティクワ(古技法)の音楽を収録した最末期の写本であると同時に、スペインにおける多声宗教曲の出現を示す貴重な資料と言える。また、シトー修道会の規則で、多声楽曲が認められていなかったにも関わらず、女子修道院での演奏を目的として、修道女らが編纂したと見られるウエルガス写本において、多声楽曲が多数を占めている事実からは、シトー修道会の運営面での国・地域による違いのようなものが伺われ、興味深い。
ウエルガス写本の演奏では、女子修道院の写本という歴史的な背景を踏まえ、女声アンサンブルが演奏の中心となることもあり、清楚さ、繊細さと共に、アラブの影響を含めたスペインらしい魅力を湛えたものが多いという点で、おおむね評価の一致が見られるようである。


【歌詞】

◆『輝かしき血統より生まれし(Ex illustri nata prosapia)』仮訳(英語訳より重訳)

Ex illustri nata prosapia
輝かしき血統より生まれし
Catherina candens ut lilium
聖カタリナは純白なること百合のごとく
Sponsa Christi lux in ecclesia
キリストの婚約者にして、教会を照らす光なり
Rosa rubens propter martirium
殉教により赤く染まりたる薔薇
Virgo vernans sed viri nescia
汚れを知らぬ処女は
Pellens a te viri consorcium
あらゆる求婚を退けたり
Te rogamus ut tua gracia
我らは聖女に恩寵を希わん
Roget illum cuius imperium
我らのため祈り、取次をなし給え
Sine fine regnat in secula
永久に天地を統べ給う天主よ
Quod det nobis celi palacium.
天の宮殿を我らに開き給えと
Ex illustri nata prosapia
輝かしき血統より生まれし
Catherina candens ut lilium
聖カタリナは純白なること百合のごとく
Et nobilis dono mundicie
気高く、天賦の美貌に恵まれり
Crystallina gemma lux virginum
透き通れる宝石、処女の光
Sponsa Christi et lux ecclesie
キリストの婚約者にして、教会を照らす光なり
Rosa rubens propter martirium
殉教により赤く染まりたる薔薇
Virgo fulgens et nobilissima
輝ける処女、崇高にして
Et devincens falsa sophismata
偽りの詭弁にも打ち勝てり
Bona docens et viri nescia
善とひとの純潔を教え給い
Fit residens in Dei Gloria.
神の栄光のうちにいます


【参考動画】
◆Huelgas Ensemble:O Maria maris stella


【その他の録音】
・Brigitte Lesne(dir.) Discantus : Codex Las Huelgas [OPUS 111 30-68](現在、廃盤)

・Carles Magraner (dir.) Capella de Ministrers : MEDIEVAL POLYPHONY Feminae Vox : Códice de las Huelgas [Licanus CDM 0826](2009)

・Anonymous4 : Secret voices - Chant & Polyphony from the Las Huelgas Codex c.1300
[Harmonia mundi](2011)


【参考サイト】
◆Choral Public Domain Library
http://www2.cpdl.org/wiki/index.php/Main_Page
合唱音楽の楽譜を無料ダウンロードできるサイト(英語)。『あまねく知られたるベリアル(Belial vocatur)』など、『ウエルガス写本』収録曲の一部について、掲載あり。
◆ラス・ウエルガス・サンタ・マリア・ラ・レアル修道院画像
Cistercian Royal Abbey of Santa María la Real de Las Huelgas
http://www.paradoxplace.com/Photo%20Pages/Spain/Camino_de_Santiago/Burgos/SM_Real_Huelgas/Huelgas_Nunnery.htm

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