SSブログ

『聖母マリアのカンティガ集』 [Codex]

■Alfonso X El Sabio, Cantigas de Santa Maria
[AUVIDIS ASTREE E8508](輸入盤・廃盤)
E8508f.JPG

【演奏】
ジョルディ・サヴァール指揮
ラ・カペラ・ライアル・デ・カタルーニャ
エスペリオンXX

【演奏者】
ジョルディ・サヴァールは、1941年、スペイン、カタルーニャ生まれ。スイスのバーゼル・スコラ・カントルムで、アウグスト・ヴェンツィンガーに学んだ。1974年からバーゼル・スコラ・カントルムでヴィオラ・ダ・ガンバを指導、同年にエスペリオン XX(2000年よりエスペリオンXXIに改称)を結成している。その後、1987年にラ・カペラ・レイアル・デ・カタルーニャ、1989年にル・コンセール・デ・ナシオンを結成、現在では主にソプラノ歌手の妻モンセラート・フィゲラスや二人の子どもたちと演奏活動を行っている。
サヴァールは古楽界を代表する演奏家、指揮者のひとりであり、とりわけ1970年代以降のヴィオラ・ダ・ガンバの蘇演に大きな役割を果たしたことで知られる。また1991年のフランス映画『めぐり合う朝』では音楽を担当し、グラミー賞にノミネートされた。録音は、当初EMI、1975年以降はASTREEで行っており、1998年には独自レーベルAlia Voxを立ち上げている。

◆ジョルディ・サヴァール オフィシャルサイト
http://www.alia-vox.com/

[曲目]
アルフォンソ10世(賢王)『聖母マリアのカンティガ集』(CSM)選集
1. 序曲 (CSM 176)
2. Santa Maria, strela do dia「聖母マリア、夜明けの星よ」(CSM 100)
3. Pero cantigas de loor「聖母を讃えあらゆるカンティガを書きはしたが」(CSM 400)
4. 器楽曲 (CSM 123)
5. Muito faz grand' erro「大いなる過ちのうちに生き、神の善き行いを否定する者は」(CSM 209)
6. Por nos de dulta tirar「我らを疑いから解き放つため」(CSM 18)
7. 器楽曲 (CSM 142)
8. Pode por Santa Maria「聖母マリアの御為に」(CSM 163)
9. Miragres fremosos faz por nos「驚くべき奇蹟の数々」(CSM 37)
10. 器楽曲 (CSM 77-119)
11. De toda chaga ben pode guarir 「すべての傷や痛みは癒され」CSM 126)
12. Pero que seja a gente「たとえ異教徒であろうとも」(CSM 181)
13.最終曲 (CSM 176)

録音:1993年2月、カタルーニャ、カルドナ城附属王立修道院
2000年にデジパック仕様盤 (ASTREE ES9940)として再発されたが、廃盤となり、2009年Alia Voxより再々発された。

【作品】
『聖母マリアのカンティガ集(Cantigas de Santa Maria)』は、13世紀の後半に、カスティーリャ・レオン王国の国王アルフォンソ10世(Alfonso X、1221.11.23-1284.4.4)が編纂した歌曲集。
カンティガとは、当時のイベリア半島で歌われたガリシア=ポルトガル語の単旋律歌曲で、頌歌とも呼ばれる。『聖母マリアのカンティガ集』は、聖母マリアの奇蹟を讃えた頌歌集で、420曲余の収録曲のうち、350曲余が物語歌となっている。そのほとんどは、聖母マリアがさまざまな困難や苦難に直面した人々の前に現れ、病気や傷を癒し、救いを授けるという内容の物語である。例えば、第209番は、死をも覚悟する激しい痛みに襲われたアルフォンソ10世の病床で、王の身体の下に『聖母マリアのカンティガ集』を差し入れたところ、病気が癒されたという奇蹟、第367番は、アルフォンソ10世がサンタ・マリア・デル・プエルトの教会を訪問後、傷めていた脚を癒されたという奇蹟の物語歌である。また、第7番は懐妊した尼僧をめぐる奇蹟、第323番は死んだ男の子を聖母が生き返らせた奇跡の物語歌等となっている。第361番は、ラス・ウェルガス修道院の聖母マリア像の奇蹟の物語歌で、物語歌の多くはイベリア半島を舞台としているが、第39番はフランス、モン・サン=ミッシェルの物語歌であり、物語歌の舞台はヨーロッパ各地に広がりを見せている。
『聖母マリアのカンティガ集』の編纂は、アルフォンソ10世の治世の大半を費やした一大プロジェクトで、ローマ法に基づく『七部法典』、『アルフォンソ天文表』、『イベリア史』の編纂をはじめ、学問や芸術の庇護等、文化・行政面の功績により《賢王:エル・サビオ(el Sabio)》の誉れ高き国王、アルフォンソ10世自らも編纂に携わり、ヨーロッパ各地に伝わる聖母マリアの奇蹟をもとに、吟遊詩人らに作詞、作曲を依頼したと見られる。
『聖母マリアのカンティガ集』は作者不詳とされているが、自ら詩作を行っていたことでも知られるアルフォンソ10世がその収録作品のいくつかを手がけたことは、プロローグ等から見てほぼ確実とする研究もあり、その作品やアルフォンソ10世が関与した範囲の特定をめぐって議論が続いている。また、現存する作品等から、吟遊詩人アイラス・ヌニェス(Airas Nunes, c.1230-1289)が作者のひとりである可能性が高いことが指摘されている。作者の可能性が高いとみられる吟遊詩人としては、最後のトルバドゥールのひとりといわれるギロー・リキエ(Guiraut Riquer, 生没年不詳)や、ガリシア出身とみられる吟遊詩人ペロ・ダ・ポンテ(Pero da Ponte,生没年不詳)等の名もあがっている。
13世紀のイベリア半島では、司祭で詩人でもあったゴンサロ=デ=ベルセオ(Gonzalo de Berceo, c.1180-1246)の『聖母マリアの奇蹟(Los milagros de Nuestra Senora)』等の作品も誕生しており、『聖母マリアのカンティガ集』の編纂以前から、聖母マリアの奇蹟を主題とする作品が既にいくつか存在していた。アルフォンソ10世の宮廷ではまた、ユダヤ教徒や、レコンキスタ(国土回復運動)後も改宗せずに残留したイスラム教徒、ムデハル(mudejar)の楽士らも歓迎され、カンティガの演奏において重要な役割を果たしていたと見られる。しかし、アルフォンソ10世の宮廷で楽士らに演奏されていたのは、専ら世俗的なカンティガであり、聖母マリアの奇蹟とカンティガ集を結び付けたという点で、宗教的なカンティガ集の編纂には独創的な面があった。『聖母マリアのカンティガ集』の編纂がすすめられた背景としては、アルフォンソ10世の文学趣味、各種の編纂事業に対する理解やパトロン精神もあるが、何よりその聖母マリア信仰の篤さが大きな原動力であったと考えられている。
現存するカンティガ集のなかでも、その規模、内容ともに随一の作品である『聖母マリアのカンティガ集』は、中世ヨーロッパにおける聖母マリアの奇蹟の伝承を蒐集した成果の結晶であると同時に、その典雅な響きから、当時、叙情詩に最もふさわしいとされたガリシア=ポルトガル語による代表的な文学作品とも言える。
歌詞は、2音節、17音節のものも散見されるが、8音節詩が中心で、収録曲は、ネウマ譜で記譜されており、カンティガ10作品毎に賛歌(頌め歌)がさしはさまれている。現在の曲名は、冒頭句からの訳出によるもので、収録曲は当時の世俗的なカンティガや民謡に基づくものと考えられてきたが、ロンドー、ヴィルレーの変則的なスタイルを多く含んでいるとして、北フランスからの音楽的な影響が指摘されるようになった。全曲録音こそいまだにないが、美しくも、素朴で親しみやすい旋律を特徴とし、セヘル(Zejel)と呼ばれるアラブ系の詩のスタイルを色濃く残している『聖母マリアのカンティガ集』は、東西文化の交差点であった中世イベリア半島における音楽史を辿る上で、非常に興味深い作品である。
羊皮紙に細密画(ミニアチュール)の描かれた頌歌集はまた、贅を尽くした美術工芸品であり、当時の楽器や演奏の在り方を現代に伝える貴重な資料でもある。
音楽のみならず、文学、美術面での魅力を兼ね備えた『聖母マリアのカンティガ集』は、レコンキスタ(国土回復運動)を継承しながら、軍事、外交面での失政続きにより、最終的に王子サンチョに王位を簒奪され、幽閉されたまま人生を終える形となったアルフォンソ10世にとっては、個人的な救済を求めるためのものであると同時に、政治的な生き残りをかけた戦略としての一面もあったと考えられている。
現在、『聖母マリアのカンティガ集』には、4冊の手稿本が伝わっており、スペインのマドリッド国立図書館(Biblioteca Nacional de Madrid)には、10069の署名のある手稿本が所蔵されている。1869年にマドリッド国立図書館に移管されるまでの一時期、トレド大聖堂に所蔵されていたことから、Toまたは Tolの略称で知られるこの手稿本には、プロローグおよび120作品余が含まれている。Toまたは Tolの収録作品は、第1番から作品番号順となっており、細密画(ミニアチュール)が描かれていないことなどから、現存する手稿本のうち、最も早い時期に制作されたものと推定されている。
王立エル・エスコリアル聖ロレンソ修道院図書館(San Lorenzo del Escorial)には、T.j.1.の署名があり、TまたはT.j.1.の略称で知られる手稿本(códice rico)が所蔵されている。TまたはT.j.1.には、ToまたはTol所収の作品がほぼ再掲されているが、その付曲番号はToまたはTolとはやや異なる。TまたはT.j.1.は、タイトル、索引、プロローグおよび190作品余を含み、細密画(ミニアチュール)が最も多く描かれた豪華なつくりで、1271年から1280年代初頭にかけて制作されたものと見られる。TまたはT.j.1.は、16世紀に、スペイン国王フェリペ2世の命により、アルフォンソ10世が晩年を過ごした幽閉先のセヴィリアから、当時のエル・エスコリアル宮殿にもたらされた。
また、イタリア、フィレンツェ国立中央図書館(Biblioteca Nazionale Centrale, Florence)には、Banco Rari 20の署名のある手稿本が所蔵されている。Fの略称で知られるこの手稿本には、第109番に空白が残されているなど、未完成の部分が少なくない。しかし、FがTまたはT.j.1.のスタイルを踏襲しており、また、F所収の100作品余は、TまたはT.j.1.と全く重複せず、ToまたはTolとの重複も4作品に限られていることなどから、FはTまたはT.j.1.の続巻として制作されたと考えられる。Fの制作年代は、1279-80年以降と見られ、制作期間が1284年のアルフォンソ10世の崩御後に跨った可能性もある。アルフォンソ10世や王家関連のカンティガを多く含むFは、アルフォンソ10世の伝記的な性格を持ち、1270年代のアルフォンソ10世によるローマ教皇訪問とFを関連づける推察もあるが、Fがイタリアで収蔵されるに至った経緯については不明のままである。
王立エル・エスコリアル聖ロレンソ修道院図書館ではまた、TまたはT.j.1.と同様に、スペイン国王フェリペ2世によりセヴィリアからもたらされた、EまたはB.j.2の略称で知られる手稿本(códice de los músicos)を所蔵している。EまたはB.j.2は、1282年以降の制作と見られ、完成を急いだ形跡が随所に見て取れるものの、タイトル、プロローグおよび400余作品(但し、ToまたはTol所収の10作品を除く)をほぼ完全なかたちで網羅しており、音楽面では最も充実した内容となっている。
オックスフォード大学『聖母マリアのカンティガ集』研究センターでは、2005年より、『聖母マリアのカンティガ集』のデータベース化を含む研究事業がすすめられている。

◆Centre for the Study of the Cantigas de Santa Maria of Oxford University
http://csm.mml.ox.ac.uk/


【歌詞】

◆「聖母マリア、夜明けの星よ」(CSM 100)仮訳(英語訳からの重訳)

Santa Maria, strela do dia
聖母マリア、夜明けの星よ
mostra-nos via pera Deus e nos guia.
我らに神の御許にいたる道を示し、導き給え

Ca veer faze-los errados
御身は道に迷い、罪ありて
que perder foran per pecados
過ちを犯せし者を救われたり
entender de que mui culpados son;
その罪を知りつつも
mais per ti son perdõados
御身は彼らを赦されたり
da ousadia que lles fazia
彼らが望まれざる悪事に手を染めしは
fazer folia mais que non deveria.
その蛮勇が為せしわざなればなり
Santa Maria, strela do dia,
聖母マリア、夜明けの星よ

Amostrar-nos deves carreira
我らにどうか
por gãar en toda maneira
とるべき道を示し給え
a sen par luz e verdadeira
無比なる、真実の光を
que tu dar-nos podes senlleira;
我らに与え給うは御身のみなり
ca Deus a ti a outorgaria
なぜなら神の御身に授け、
e a querria por ti dar e daria.
御身を通じ、我らに与えんと望まれしゆえなり
Santa Maria, strela do dia,
聖母マリア、夜明けの星よ

Guiar ben nos pod' o teu siso
御身の叡智こそが我らを導き給う
mais ca ren pera Parayso
天国にいたるまで、万事を
u Deus ten senpre goy' e riso
天国において、神は永久の喜びに満ち、
pora quen en el creer quiso;
神を信ずる者に微笑み給えり
e prazer-m-ia se te prazia
御身の思し召しにかなわくば
que foss' a mia alm' en tal compannia.
我が魂をともにせん
Santa Maria, strela do dia,
聖母マリア、夜明けの星よ


【関連動画】

◆Santa Maria, strela do dia「聖母マリア、夜明けの星よ」(CSM 100)


【録音】
・Jordi Savall(dir.) Alfonso X El Sabio, Cantigas de Santa Maria [Alia Vox]

・Ensemble Unicorn“Cantigas de Santa Maria”[Naxos 8553133](1995)

・Alla Francesca “Cantigas de Santa Maria”[OPUS 111 OPS30-308](2000)(廃盤)
 *現在、ナクソス・ミュージック・ライブラリーに収録

・Martin Novak, MargitUbellacker, Barbara Kabatkova, Hana Bladzikova "Cantigas de Santa Maria"
PHI LPH017(2015)


【参考サイト】
◆Choral Public Domain Library(Choral Wiki)
http://www2.cpdl.org/wiki/index.php/Cantigas_de_Santa_Maria
『聖母マリアのカンティガ集』を含め、合唱音楽の楽譜を無料ダウンロードできるサイト(英語)
◆『聖母マリアのカンティガ集』ファクシミリ譜・サンプル画像(絶版、códice rico)
http://www.edilan.es/hojas/0002e.htm
◆『聖母マリアのカンティガ集』ファクシミリ譜・サンプル画像(F)
http://www.edilan.es/hojas/0003e.htm

【参考文献】
・Joseph F. O’Callaghan“Alfonso X and the Cantigas de Santa Maria: A Poetic Biography”,BRILL, 1998.


共通テーマ:音楽

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。